ある日のこと、男は古い友人をまちで見かけました。その友人は、男と同じ田舎で育ち、ともに貧しい生活でした。田舎では食べてはいけずに、二人はこのまちに出てきたのでした。二人の働き先はそれぞれ違いますが、ともに頑張って生きていこうと誓い合ったのでした。あれから10年、二人はお互いに忙しくて全く会っていませんでしたが、間違いありません。友人は、田舎くささがぬけて、立派な紳士へ変身していました。男は引き目を感じ話かけことはできませんでした。見るからに金持ちです。友人の出世には、ある噂がありました。それは、神様のお告げです。友人は夢の中にでてきた神様のお告げを信じ、そのとおりに仕事をしただけで、いろいろな幸運をつかみ大成功をしたというものです。同じように育った二人でも、その差は明らかです。それが運なのか実力なのかは、わかりません。それでも、友人の大成功は、まぎれもない事実です。男は友人のことがうらやましく、また、うとましく思いました。「ぼくにも神のお告げはないだろうか・・・」そんなもんもんした気持ちの日は続きました。それから月日は流れ、神様なんていないと、諦めかけたある日のこと、ついに男にも神様が現われました。
頭が変になったのでしょうか?
幻でしょうか?
はたまた、錯覚でしょうか?
仕事に疲れ、少し目を閉じて休んでいた時に、その声は突然、聞こえたのです。女の人の声?、いえ、女神様の声です。
「気の向くままに森に行きなさい!」と・・・。男には何のことだかわかりません。それでもこれは、千載一遇のチャンスと信じるしかありません。
しかし、どこの森に行けばいいのだろう?
気の向くままってどういうことだ?
???と思いながらも今、森の中へとフラフラ、フラーっと足を運んだのでした。
男は大きな木の切り株に腰をおろし、
「女神様、この森でよろしいのでしょうか?これから何があるのでしょう?」
不安になりながらも女神様のお告げに、すがるしかありません。しかし、しばらくしてもいっこうに次のお告げは現れません。そこに一陣の風がとおりすぎていきました。澄みきった冷たい空気に吹かれ、なんか今までもやもやしていたものがすっきりとなくなったような気がしました。
「ちょっと夢を見てしまったな?こんなところで、お前は何をしているんだ?」男の心の声がしました。
きらきらと瞬きする無数の星々、この広い宇宙のなかで自分を見つけたのでした。
さてどうして帰ろうか?と思案していると、その時、男の後ろの山からザサッ、ザサッ、ザサッと音がしました。辺りの森の先住者たちも息を潜めました。
えっ!? やっぱり女神様か?
いや、 何か生き物だ。
熊?イノシシ?たぬき?男は息をこらしました。男は、無防備です。この場で野生の動物に出くわすとは全く考えていませんでした。こっちに来るな!
しかし、ザサッ、ザサッ、荒々しい音は近づいてきます。
頼む、熊だけは勘弁してくれ!男は腰がぬけたのか動くことはできません。
ザサッ、ザサッ、ザサッ、姿の見えない恐怖が迫ります。男は目を閉じたまま、体をかがめて、震える手を合わせて神様に祈りました。
音が止まり、恐怖は頂点に達しました。
「おー、こんばんは」意外にも人間の声がしました。