ケイ・スリー
静かな秋の夜に、男は歩いていました。
月あかりに包まれてフラフラ、フラーと。
そして男は道から外れて、すいこまれるようにして森に入っていきました。森には道がありませんが月だけが、やさしく、男の足元を灯しているようです。地面をおおう枯葉や藪を踏むたびにガサッと音がします。それに答えるように虫や蛙、それに森の生きものたちは息を潜めます。男はその囁きの邪魔をしないように、こっそり歩いても、小さくガサッと音がしただけでまわりの虫たちは、水をうったようにシーンと静まるのでした。男は、立ち止まり、月を仰いで「どうせ、ぼくは、よそものだからね。きみらは、ぼくのことを用心しているね。」とつぶやきました。男は、森の先住者たちとそんなのかけひきを繰返し森の奥へと入っていきました。そのうちに男の目や耳が森の暗闇に慣れてきて、いろいろなものがはっきりと見えるようになりました。たくましい木々、大きく広げた枝葉、それぞれ異なる樹の幹の表情、それに、林の中をすり抜ける風さえも見えるような気がします。この研ぎ澄まされた感じはなんだろう。これは、まちの生活では忘れさられている野生なのかもしれないと男は思いました。これからどこへ行けばいいのだろう。少し休みたい。どこか座れるところはないか?と、いろいろなことを考えながら更に奥へと進みます。歩いて、登って、跨いで、降りて、また登ってを繰返し、小高い山の上に大きな木の切り株を見つけました。男はそこに腰かけてようやく一息つきました。男の気配は消えて森の先住者たちの息吹が森いっぱいをおおいます。男のはるか上にある無数の星々たちもこぼれんばかりの輝きを増しています。ずいぶんと山の中に入ったものだと男は思いました。そこから見えるまちあかりは、すべてが温かく見えます。
「こんな時間に、こんなところ人がいるなんて、誰も思わないだろうな・・・」と男は思いました。男にはその温かさが遠いところにあると思うとちょっぴり悲しくなりました。
男は、まちで一人暮らしをしていました。仕事は、厳しく辛いことばかりですが、食べていくためには仕方ありません。男はただひたすら働きました。しかし、頑張って働いても貧しい生活には変わりません。
その一方、世の中は、便利なこと、楽しいことで溢れかえっています。それを叶えるためには、どんなにお金があっても足りません。はじめは珍しいものも今では誰もが持っていて、逆に持っていない人のほうが珍しいこともあります。世の中目まぐるしいスピードで進化し、それについていなければ、取残されたまま置いていかれる時代です。男のまわりでも生活は豊かになっていました。しかし、男は、ひとり取り残されてしまいました。もちろん男も人の子です。あれも欲しい、これも欲しい、あれもやりたい、こんなこともしたいと夢はあります。しかし、先だつものがありません。お金は昔から「寂しがりや」と言われているように、お金は多いところに集まり、少ないところには近寄ろうとはしません。頑張って、まじめに働いた人にお金を手にするとは限りません。お相撲と同じで勝つ人がいれば、負ける人がいるのです。小さな争いから大きな戦争まで、その結末は変わりありません。人生、すべてはお金ではありませんが、お金がないよりはあったほうが心豊かに暮らすことができます。
ある日のこと、男は古い友人をまちで見かけました。