・・・ぼくは、サーカスに連れて来られたのでした。・・・
(続き)
ぼくは、サーカスのことは良くわかりません。これといった芸もできません。そんなぼくに芸を覚えさせようとその日から算数の勉強が始まりました。
『1+3=いくつ』『2+2=いくつ』と女の人の出す問題に答えのカードを選べばいいのです。むずかしくても『3+4=』『6+2=』の問題なので、ぼくにはとても簡単でした。そんなぼくを見て、女の人は「すごい!すごい!」と声を張り上げ、インドゾウの親子は「キミは天才だ」とほめてくれました。
しかし、ぼくは、うれしくありませんでした。これぐらいのことは誰でできるに違いありません。ぼくをバカにしているのだろうか???そんなことはどうだっていい。本当の問題は、ここをどうやってここを逃げ出そうか?ということだ。それにパパは、いったい何しているんだろう?そんなことばかりを考えていました。だから、ぼくは、ここにいる人たちも動物たちも好きになれませんでした。しかし、ここにいる人たちみんな優しく、ぼくを誘拐するような人たちには見えませんでした。
何日かが経ち、ぼくもサーカスのステージに立つことになりました。テントには、あふれんばかりの人が集まっています。ショータイムが始まり、サーカスの団長がひとつひとつの出し物を紹介していきます。最初は、ピエロのユーモラスな演技から始まり、続いて、ぼくの『算数のお勉強』です。ぼくは、ピエロの服を着せられることもなく、お姉さんの出す問題をスラスラと答えていきました。そしてたくさんの拍手をもらいました。それから、空中ブランコや綱渡り、象の玉乗りや曲芸、それに火の輪をくぐるトラなどたくさんのびっくりでお客さんは大喜び。サーカスは大成功に終わりました。サーカスの世界、それは不思議で楽しくて、びっくりすることがいっぱいです。
そんな、びっくりすることが、ぼくの前にも現れました。
サーカスの幕が下りて、突然、パパが現われたのでした。
しかし、パパは、ぼくのところに来ないで、まっすぐに団長のところにいきました。
「すみません、叔父さん。今、出張から戻ってきました。なにしろ急で・・・いきなりケンのことをお願いして申し訳ありません。他に頼める人がいないので・・・」
「お前の言っていたとおり、ケンは本当に賢い犬だね。算数の芸もすぐに覚えたよ。今日のショーも大成功だった。うちのサーカスに欲しいくらいだ。」
「それは、見たかった!」と、いかにも残念そうに笑っています。
「ケンをサーカスに譲ってくれないかい?」
「それは勘弁してよ。ケンはぼくのかけがいのない家族だから・・・」
パパはそう言って、ぼくのところにかけつけ、抱きしめてくれました。パパはぼくのことを忘れていなかったのだ。ぼくは久しぶりにパパの指定席におさまり、いつまでもシッポをふっていました。
終