・・・そんなある日、施設に若い女の人が現れました。・・・
・・・そして、ぼくを抱きかかえ、そのまま外に連れだしたのでした。・・・
(続き)
何があったんだろう?ぼくが、きょとんとしているうちに女の人は、黒い車の後ろにある籠の中にぼくを閉じ込めました。もしかして誘拐?ぼくはそこで気づいて「助けて! 助けて!」と何度も何度もさけびましたが、ぼくの声は届きません。それなのに車の外では施設のおじさんもおばさんも笑顔なぜかニコニコして手を振っています。それを施設の窓から見ていた友だちも助けてくれようははしませんでした。そのうち、黒い車は走り出し、ぼくは逃げることもできず、車の中で泣いていました。しばらく走ったところで、バラの香りがぼくの鼻をつきました。それは女の人の香水ではなく、車の臭い消しのものだと気づいた時には車は図書館のそばまで来ていました。ぼくは、まもなく落ち着きをとりもどした。いったい、ぼくをどこに連れて行くんだろう?このことをパパは知っているのだろうか?そして今、ぼくができることはなんだろう。できることは、今から車が通る道や建物を覚え、一人で戻ってこられるようにすることだ。それに犯人の顔を覚えておくことだ。女の人はぼくを気にすることもなくハンドルを握り、バックミラーに写った顔はサングラスに隠されてよくわかりませんでした。車は、いくつかの道路を曲がり、背の高いビルを越し、大きな橋もわたりました。
同じような道を何度も通り、ぼくは方角がわからなくなったころに、ようやく車が停まりました。
目の前には、茶色の巨大なテントが建っていました。そのテントは、体育館のように大きく、中で野球ができそうでした。女の人が車から降りるやいなや体格のいい男がぼくの閉じ込められていた籠のところに来て、手馴れたように、ぼくに首輪をかけ、ロープをつなぎ、強い力で引っ張ります。これじゃあ逃げられない。それに、いまさらジタバタしてもどうにもならない。きっとパパが助けにきてくれる。そう信じて、ぼくは引きずられる前に女の人の後についていきました。テントの中には更にいくつものテントや鉄の檻がありました。その中には、インドゾウの親子がいました。そのゾウの親子は、ぼくを見つけて「いらっしゃい坊や」と言いました。別の檻には目つきの鋭いトラがいました。トラは、ぼくをにらみ「よく来たな小僧」と言いました。ぼくはゾウやトラをこんなに近くに見るのは初めてです。ここは動物園?しかし、そうでもないようです。ヘンテコな形の自転車、ぐるぐる巻きのマットや大きな玉やそれによくわからない道具が、通路のわきによせてありました。そして、広いところにたどり着くと、そこでは何人もの男の人が、トランポリンをしたり、女の人は踊りの練習をしているようでした。テントを支える高い柱と柱には一本の長い綱がはられ、その綱の上に立っている女の人もいます。それを下から怒鳴っている男もいます。その男は赤いジャケットを着て、黒いシルクハットをかぶり、長い口ひげをはやしていました。ぼくの前を歩いていた女の人は、その男の前で立ち止まりました。
「団長、例のこどもを連れてきました。」
「ご苦労」そう言って、男はぼくに近づき、
「これが、例のこどもか?」珍しいものでも見るように目をクリクリさせました。そして
「よろしく!坊や。きみは淋しがりやだって・・・この機会にひとつ芸でも覚えてみるかい?うまくいけば、うちのサーカスの人気者になれるよ。」と言いました。
そして女の人にぼくの面倒をみるように言いました。そうです、ぼくは、サーカスに連れて来られたのでした。
続