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旬くんにはわかるまい~才能2編

彼女は確かに泣いていた。朝方枕元が濡れていた。どんな夢かは詮索しないが、悲しい夢だったら忘れたらいいのに。

そんな気遣いは無用で彼女は夢見たことも泣いていたことも覚えてはいなかった。涙の跡にも気づかないまま何事もなくエリコさんの朝が始まった。

エリコさんは旬くんが今ときめいている娘だ。

新入社員のエリコさんは若い、美人というよりかわいい、あどけない。少し天然で不思議ちゃんでも許されるのだ。会社の中では無邪気なアイドルで、人生の勝組が確定していることを疑う者はいないだろう。はた目はね。

エリコさんが苦労したかはどうか本人次第だが、家族環境は少し複雑だった。実のお父さんは早死にした。エリコさんが2歳の誕生日を迎える頃のことだ。残っているのは赤ちゃんのエリコさんを大事そうにドヤ顔で抱えている写真と結婚前にお母さんとツーショットで写っている2枚の写真

だけで、何の記憶も思い出もなかった。ただ、温もりは残っている気がしている。

エリコさんが7歳の時、母さんが再婚した。その時一機に姉が三人できた。その後、双子の弟もできた。

エリコさんが10歳の時、最愛の母親が急性心筋梗塞で亡くなった。

母さんは誰にでも優しく、底抜けに明るい人だった。

悲しむ間もなく多感な時期に姉妹からのいじめが顕著になり、そのうち父親はリストラで職を失った

男は経済力が無くなると忽ち弱くなるものか?

博打も酒もお金次第、忽ち借金の山ができた。

金の切れ目が・・・

生活苦、育児放棄、暴力と負の連鎖は続いた。

そんな中、警察と児童相談所が介入することになった。

結果、7人兄弟はバラバラにされた。姉三人は父親の実家(祖父) に引き取られ、弟二人は父の兄のところに引き取られた。

住む場所も市や県を跨ぎ異なる生活圏での暮らしとなり

今後の再会はしばらくないだろう。

エリコさんは小学校卒業とともに祖母に引取られることになったが戸籍はそのままだった。祖母はコンビニのパートをしていたが、エリコさんの生活に不自由はなかった。むしろ祖母は孫娘のエリコさんを自由に見守った。

エリコさんは、自分が悲しいとか、寂しいとか思わなかった。慣れないこと、覚えることに必死だった。いじめのない世界に手放しで安心できてはいないが、いじめに合わないために最大限に努力した。中学、高校(女子高)、短大、アルバイト等これまで目立つことなく、鳴りを潜め強かに生きてきた。やりたいことも友情事情も恋愛事情も特に持つことなく過ごしてきた。いや封印してきたのだ。

祖母からエリコさんに練りこまれた一子相的の言葉があった。それは、祖母も実母もその経験から確信したものだった。

結果はどうでも本人が後悔しない生き方みたいなものだ。

それはエリコさんも体にも染みついている。

「すべては男次第、いい男を見つけて自分のものにしろ」と言うものだ。

女が生きていくのは「男で決まる」「男を見極めろ」「金も人生も男次第」「金は男に作らせよ」「自分の安全、安定、安住は男次第」「チャンスを絶対に逃すな」これが祖母からの伝承、口癖で叩き込まれた言葉だ。

そして常に男を鷹の目チェックしているのだ。

今年、会社に入社したばかりのエリコさん。

やっと周りが見えてきた8月のある日のこと。

あのピーカンの日、エリコさんが間違えて冷蔵庫のドリンクを飲んだ例の事件の日。

旬くんは口をパクパクさせている。

気が付けばエリコさんを見ている旬くんであった。

それでも旬くんは気づいていないだろう。

その日、旬くんのフロアに社長の息子(イケメン;独身)が偉くなるための準備として一日だけの実務視察に来ていたこ

とを・・・

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