妻は、十数年前に病気を患い亡くなっていました。それだけではありません。この世にたった一人の息子も亡くなっていたのです。しかも外国の砂漠の中で・・・。何も知らなかった。知らないほうが幸せだった。おじいさんは、自分の愚かさに悲しくなりました。心のひだは鋭くえぐりとられ、冷たい潮風に吹きつけられているいようです。どんなに大きな涙をこぼしても、どんなに泣いても大切なものはもどりません。
何があったんだ?おじいさんは子供の足跡を追いかけました。
なんで、戦争に巻き込まれたんだ。
そもそも何で戦争が起きるんだ!
それより何でそんな危険なところに出かけたんだ? おじいさんの疑問は募ります。
その答えがウェルウィッチアでした。ウェルウィッチアは過酷な砂漠の中で生きる植物で、生涯たった二枚の葉しかつけずに、数百年から二千年近くも生き続ける植物で、別名、奇想天外というのだそうです。お母さんが生前、その話をどこからか聞いてきて、「この植物、あなたのおとうさんに似ているわね。強くて、奇想天外で・・・、そばに行って、がんばってと声をかけてあげたいわ。」と笑っていたのだそうです。息子はそのことを覚えていて、仕事で砂漠のある外国行った際、危険とは知りつつもウェルウィッチのある砂漠に出かけたらしいのですて。おじいさんも息子の影を追い砂漠に向かいました。ウェルウィッチアを近くで見てみたいと思ったのです。今は、そこでの戦争は終わり、安心して砂漠に入ることができまました。極端に熱く極端に冷たいのが砂漠、ただ広いだけで砂場や岩原しかない不毛の地、本当に何もないところでした。そこにウェルウィッチはありました。雨が降らないこの砂漠で、大きく長い葉っぱを広げ、
霧だけを頼りに僅かな水で生き続ける植物。決して美しい植物ではありません。しかし、よく見るとそばで、小さな生き物が生きています。小さな生き物にとってウェルウィッチ自身が砂漠の中のオアシスとなっているのです。この灼熱の砂漠の中で余計なことを考えず、厳しい環境の中でも根を下ろして生き続ける姿。
息子はウェルウィッチを見たのだろうか?
いったい何のための戦争だったのか?
しかもこんなところで命のやり取りがあったなんて・・・。
広大な砂漠、毎日の景色は変わりますが、砂漠には何もありません。おじいさん一日中その場に佇み、ひとつの思いにたどり着きました。すべてを受け入れよう。そしてこれからは、あるがまま、自然とともに生きようと思ったのです。人間社会からは少し外れるが、仕事・仕事と忙しく働くのではなく、また、勝った・負けたとあくせくすることもなく、お金にふりまわされることもなく、自然と共に生きようと、この森に住み着いたのだそうです。電気もガスも水道もないところに生きる。多くの欲を持たなければ森の恵みだけで生きていける。そこは時間追われることなく小さな発見も幸せの種になる。そんな暮らしをおじいさんはしてきたのだ。おじいさんはこの森の住人となり何十年も月日は経っています。しかし、この森にいると年をとることもなく、毎日が楽しいといました。
そして、今日、おじいさんが森の奥で、秋の夜を楽しんでいるところ遠くから、男がフラフラ、フラーっと入ってきたのを見かけたのでした。おじいさんは少し心配になって、男の後を追ってきたのでした。きのこや山菜、森の恵みならいくらでも差し上げよう。しかし、最近は、この森にいろんなものを捨てにくる輩が多い。勝手に余ったものを捨てていく。それは、ゴミだけじゃない。思い出だったり、命だったり、夢だったり・・・。あまりにも勝手なことを人間してるんじゃ。そんなものは森の連中もうれしくないゃんじゃよ
今に、森も怒り出すぞ、そして植物たちもだまっていないぞ・・・
そこで、男はバタリと目覚めた。目覚めたのは森の中ではなかった。仕事に疲れ、少し目を閉じて休んでいたところだった。もちろん緑色の服を着たおじいさんの姿もなかった。
今のは・・・
男は、長い夢を見たと思い、いつものように働いた。しかし、夢だけは捨てきれずに・・・
数日後、ひとつ事件があった。仕事で大成功したはずの古い友人が、森に勝手に大量のゴミを捨てたとして警察に捕まった。
終